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2018年11月21日水曜日

蔵の湯にサンタクロース

私も、孫ちゃん達の
太郎くんと次郎くんに習って 
紙で作られたクリスマスツリーの 
顔ハメパネルに顔をはめてみた。 

やっぱり子供用だから
顔全部は、はまらない。 

へえ〜!こんなのが 
蔵の湯(地元の温泉場)の 
玄関ホールに置いてあるんだ。 

三角を重ねたツリーの形をしている。 

表面には賑やかなクリスマス飾りが
描かれている。

ツリー飾るのは分かるけれど 
こんなのっていいね。 


「ほらーっ!」と言われて 
手を出してみれば、
次郎君が三角の帽子をかぶって 
頭を触らせに来る。
 
帽子の先っちょには 
ボンボンがついている。 

私はくるくるっと頭をなでる。

きゃっきゃっと笑って
ホールをぐるぐる走り回っている。 


ハンガーにサンタクロースの 
帽子と上着がかけてあった。 

このツリーの横で 
サンタクロースのお洋服着て 
写真が撮れるんだ。 

すてきなサービス。


じゃなくて、もしかしたら、
サンタクロースもお風呂に入りに来たのかも。

2018年11月16日金曜日

生きててよかったあ

「オラァ幸せだぃなぁ〜 
こうやってよ、おめえ(私の事)や孫たちとよ 
温泉に浸かれるんだでぇ〜 
いつ死んだっていいでぇ。 
ああ〜〜気持ちが良いやぃなぁ。」 

もう死んでしまった母は 
お風呂が大好きだった。 
子供たちが車を運転出來る様になってからは 
近くのお風呂屋さんによく連れて行って貰った。

隣町にいい源泉のお風呂がある。
そこには「寝湯」と言って
木を枕にゴロリと寝て入るのもある。 

タオル1枚をお腹に乗せて
ひんやりの空気をお布団にして 
10cm程の湯の中で、
うつらうつらとする。 

「ああ子供達とこうして 
お風呂に入っていられるなんて 
本当に気持ちが良い幸せだなぁ。 
もういつ死んだっていいなぁ。」

母と同じ事を言っていた。 
3人の娘達も、あと40年もしたら 
同じ事言っているんだろうなぁ。 

大きなお風呂って、
体を温めてくれるだけじゃなくって 
生きていると言うことを思い出させてくれる。

「あぁ〜紅葉しかけた葉っぱが、 
向こうに見えてね、白い雲があっち。 
あぁ〜綺麗だなぁ。死んでいるみたいー」

寝湯に横になって、隣で3女が言っていた。 
今日は3人の娘たちと私の4人で、温泉に来ている。 

垢すりをして貰って、さっぱりした身体に 
夜風がひんやりきもちいい。 

これからサラダとケーキを食べに行く。
私達の大好物だ。

生きててよかったあ。 
目が悪くたって、生きててよかったぁ。
嫌な事もあったけれど、

本当に生きててよかった。

2018年11月15日木曜日

首しめられていたって?

『本当?首絞められたの?ごめんねえ』

子供のいる娘たちとお茶しながら 
今後の子供の教育について話していた。 

私自身、小学生の時には 
勉強できていたんだけれど 
中学に入ったら、めっきりだめで 
教科書読んだって意味が分からない仕末。
 
なので、それからずぅっと落ちこぼれていた。 

それに加えて親は教育に興味なし。 
何の習い事もしてこなかった。 

そんな反動か、子供達には
出来るだけ色んなお稽古事を
させたかったし、出来る限りしてきた。 

ずいぶん無理してきた。 
その1つがスイミング。

プールの授業の時にもいいし、 
年頃になればお友だちと
海やプールにもいくだろうし。 

そんな時泳げたらかっこいい。 

子供が出来たら、子供たちの
お手本となって泳いでいる所を
見せてあげられるし、一緒に水の中でも遊べる。 

年を取ったら、趣味の一つとして 
老後を楽しめることだろうし…

そう、あれこれ思いながら 
スイミングに嫌がるのもムリして 
怒鳴りつけながらも続けさせてきてしまった。

「まだ覚えてる。 
スイミングの猫みたいな顔した先生。 
プールの上で、ぎゅうっと首しめるんだよ。 
もう苦しいし、あの先生ものすごく嫌だったんだよ。 
まだあの顔覚えているよぉ。」

…確かに私も覚えている。 
スイミングに通っていた時、 
やたらと行くのを嫌がって先生の肩に
噛みついてまで嫌がった時があった。 

ぎゃあぎゃあ大声で泣き叫んでいた。 
プールへの扉が閉まっても、
泣き声が聞こえていた。

あの時だったのかあ。 
先生の言う事、ちゃんと聞きなさい!
なんて言いながら1つ2つ
お尻を叩いていたような気がする。 

そうだったんだ。 

もう25年前。
四半世紀も前の事になるけれど。 

かわいそうなことをしてしまった。 

2018年11月12日月曜日

くぼた?

「くぼた」って言ったら?
 
私=20年前くらいになるけれど 
滑川高校が甲子園でベスト8だかなんかに
なった時があって、久保田君ってのが 
阪神に入団したって、
その久保田君じゃあないの?
 
1女=え?くぼたって言えば 
「萬壽」「千寿」とかある 
日本酒でしょう。 
あ飲みたいなあ〜。

2女=「ララララーブラーブソーング」って 
歌う久保田利伸君でしょう?? 
結構ヒットしたよ〜。

3女=え?クボタっていえば 
農機具のKubotaでしょう。

人生観の現れた「くぼた」でした。  

2018年10月30日火曜日

「ママはやさしい」の「マ」 

2女が子供に何を食べさせたら
いいのか分からないと言う。

栄養とか体にいいもの
悪いものがよく分からないと言う。


「そうか!学校や大学じゃ、 
そういう勉強はしないんだ!」

「ママはやさしい」

これはもう50年も前の事に
なってしまうけれど、
 
私の娘たちが、
保育園にお世話になっていた時に 
保育園の先生方やママ友達から 
教えてもらった事。 

「ママはやさしい」は
食事作りに困った時のヒント。 

「ママは〜」の「マ」は、豆類のま。 
お豆腐とか納豆とか煮豆とか、お味噌だっていい。 
特に納豆なんて、
がん予防に最高の食品だと 
日経サイエンスで書いてあった。 

何にも無かったら納豆が良いですよね。 
だけど、私は納豆が大嫌い。 

実は子供の頃は好きだったのだけど 
かわいいお友達が 
「私納豆臭くて嫌いなのよ〜」 
なんていうセリフを聞いてしまって 
私も嫌いになろうと努力してしまった。
 
なので今は本気で嫌いになってしまった。 

せっかくがん予防になると言うのに。

かも安いし常備できるのだもの。 
うちのパパはこればかり
 
孫ちゃんの太郎次郎2人とも 
納豆サラダが大好き! 
納豆に細かく刻んきゅうり、ハム、ゴマ、 
おかか、卵を入れてまぜまぜ。 

保育園ではこれに
チーズが入っているんですって。 

2018年10月25日木曜日

やっぱり声は女の子

姪っ子が女の子を産んだので 
家族みんなで見に行ってきた。 

義理の妹の家では 
初孫になる。 

しかも女の子。 

リンゴくらいの小さな頭。 
細い指はギュッと 
グーを作っている。 

「めっちゃかわいいよ! 
まつげがクルッと 
上がっているよ。」 

軽くてぐんにゃり
していた体は 
ほんわか暖かい。

首の所には 
うっすらと汗をかいている。 

おっぱいのにおい
ちっともしていない。

最近の赤ちゃんはこうなのかな。

「見せてあげたかったよ。。」 

義理の妹も目が見えない。
自分の子供より 
孫の顔が見てみたいんだよね。
私もそうだけれど…

ウニャーウニャー」と 
細くてかわいい 
ハリのある声で泣き出した。 

やっぱ女の子の声。 

私は男の子の孫ばかりだから。
生まれたての赤ちゃんは 
生まれながらにしての 
女の子なんですね。 

やっぱかわいらしい声。 
赤ちゃん 
一生懸命泣いているのに 
みんなは笑っている。

お風呂はベビーバスで
姪っ子が入れているそうだ。 

目の見える新米じいちゃんは 
何にもできないけど 
せめて環境を
良くしてあげたいと 
窓ガラスふいたり 
ちこち、ぞうきんがけして 
電気の埃もとって 
できるだけハウスダス
にあわせないように
しているとのこと。 

全盲の新米ばあちゃんも 
せっせと 
お掃除と手作り料理に 
余念がない。

お天気の良い秋の午後。 
ここマンションの中は 
幸せで溢れていました。

2018年10月18日木曜日

作文の意味

「我が子に教える作文教室」と言う 
清水義範さんの本を読んでいた。 

毎日書いている 
この文章がちょっとでも 
上手に書けるようにと。


作文を書くと言うことは 
自分を守ることだと言う。


どういうこと? 
その意味が分からなかった。
 
自分が感じた気持ち 
感情、その時の状況
それを、小さな時から 
言葉で話し、表現をする力を
付けていかなければならないと言う。
 

虐待を受けている子供達は 
その表現方法が分からないから 
人に伝えることができない。 

貧しい国では 
労働させられている 
子供たちが沢山いるらしい。  

文字も知らないし 
学校にも行っていないから
それを表現することができない。 

その子供たちを救いに
行った人達に何1つ話ができない。 

言葉のない子たちは 
無感情になり 
ひたすらコーヒー豆の袋を
背負って歩き続けている
だけだと言う。 

少し前に5歳の女の子が 
「ゆるしてください。」
などとノートに
書きつけてあって、 
真冬暖房のない部屋で
死んでしまったと言う
悲しい事件があった。 

あれは、あの子が
文字を書いていたから 
その悲惨さがみんなに分かったんだ。

 
戦争のない今の日本だって 
泣くことはできても 
表現方法を知らなかった 
子供たちや
小学生たちや 
若者たちが 
つらい思いをし続けていたり 
死んでしまったりしている。


4歳5歳の 
孫ちゃん達には 
幸せな人生を送って
もらいたいから、 

しっかり話をして
もらおうと思う。 

『それで?』 
『どんなだったの?』 
『なにいろだったの?』 
『どう思ったの?』 
『それは好きなの?』 

など、
色々質問もしていこう。