もう50年位前の事。
フジテレビで毎週日曜日
19時30分から
「カルピス劇場」という
宮崎駿さんが関わていたという
アニメがあった。
アルプスの少女ハイジとか
フランダースの犬とか。
私はその頃は
もう目はみえなくなって
いたけれど
かわいらしい
声を聴くのが楽しみだった。
「おじいさん!
チーズおいしい。」と
言って、息を大きく吸い込んで
山小屋を走り出ていく
ハイジがなんとも
かわいらしく、
忘れられなかった。
「チーズおいしい!」
私もハイジみたいに
「チーズおいしい!
チーズ大好き!」と
言えるような女の子になりたかった。
でも、寮の食事で出るチーズは
長いスティック状になっていて
両側に小さな金具がくっついている。
ピラッとした
継ぎ目をひっぱってみると
臭くておいしくない
チーズが出てくる。
ハイジのように
なりたかった私は
無理して、粘土のような
チーズを飲み込んでいた。
おかげで今はチーズが
大好きでたまらない。
そんな訳でこの間は
チーズのリゾット
それに
ラクレットなんていうチーズを
食べることができて最高だった。
チーズのリゾットとは
チーズで炊き込んだ
おかゆにくるみが
入っていた。
スイス料理だそうだ。
ハイジーこんなの
食べていたのかなあ。
2018年9月8日土曜日
朝のこと
小学1年生の私は2学期にはいって
いつものように通学班の中
並んで歩いていた。
すぐ前は赤いランドセルのまゆみちゃん。
稲刈りはまだだから稲穂が
わっさわっさと田んぼの中
お行儀よく何列にも並んで重詰めだった。
あれ?目の前のランドセルが黒い。
あれここ男の子の列の中。
いつのまに?
前の黒いランドセル越しに
前の方を覗いてみると
ずっと遠くの方に
赤いランドセルの列がみえる。
私はびっくりして列から
離れて一目散に前の方の
赤いランドセルの列目指して
走っていった。
ランドセルの中がたごとと
ノート達が踊っているのが背中に感じる。
後ろで班長さんが何か叫んでいたけれど
私は赤いランドセルの列を目指して走り続けた。
やっとやっと赤いランドセルに追いついたと思ったら
それは黒いランドセルだった。
おかしい。
さっきまで確かに赤い色をしていたのに。
立ち止まって振り向くと
そこには班長の6年生のお姉さんが
怖い顔して立っていた。
大きな眼で、白い眼の所には
うっすら赤い線が透けて見えていた。
黒っぽい肌。
髪は短くて赤い色をしていて
くるんと巻いていた。
ツノを乗せたら
すっかり赤鬼だなと思った。
お姉さんは手に旗を巻きつけた棒と
細い長いしのん棒を持っていた。
しのん棒は蜘蛛の巣をはらうために
いつも持っているものだ。
振り上げられたしのん棒を見て
眼をぎゅっとつぶった。
左肩にぴしりと打ち下ろされた。
胸はどきどきして
声をだすこともできなかった。
こんなことがあった。
何日か後。
私は黒板の字が見えなくなっていったんだっけ。
今から50年も前のこと。
だけれど覚えているあの稲穂と
赤いランドセルと班長の怖い顔。
いつものように通学班の中
並んで歩いていた。
すぐ前は赤いランドセルのまゆみちゃん。
稲刈りはまだだから稲穂が
わっさわっさと田んぼの中
お行儀よく何列にも並んで重詰めだった。
あれ?目の前のランドセルが黒い。
あれここ男の子の列の中。
いつのまに?
前の黒いランドセル越しに
前の方を覗いてみると
ずっと遠くの方に
赤いランドセルの列がみえる。
私はびっくりして列から
離れて一目散に前の方の
赤いランドセルの列目指して
走っていった。
ランドセルの中がたごとと
ノート達が踊っているのが背中に感じる。
後ろで班長さんが何か叫んでいたけれど
私は赤いランドセルの列を目指して走り続けた。
やっとやっと赤いランドセルに追いついたと思ったら
それは黒いランドセルだった。
おかしい。
さっきまで確かに赤い色をしていたのに。
立ち止まって振り向くと
そこには班長の6年生のお姉さんが
怖い顔して立っていた。
大きな眼で、白い眼の所には
うっすら赤い線が透けて見えていた。
黒っぽい肌。
髪は短くて赤い色をしていて
くるんと巻いていた。
ツノを乗せたら
すっかり赤鬼だなと思った。
お姉さんは手に旗を巻きつけた棒と
細い長いしのん棒を持っていた。
しのん棒は蜘蛛の巣をはらうために
いつも持っているものだ。
振り上げられたしのん棒を見て
眼をぎゅっとつぶった。
左肩にぴしりと打ち下ろされた。
胸はどきどきして
声をだすこともできなかった。
こんなことがあった。
何日か後。
私は黒板の字が見えなくなっていったんだっけ。
今から50年も前のこと。
だけれど覚えているあの稲穂と
赤いランドセルと班長の怖い顔。
2018年8月15日水曜日
分数の書き方
点字でだって
数学の勉強がある。
私の苦手な.…数学。
特に分数がややこしい。
目の見える世界では
横線の下側が分母で
上側に分子を
書くんだそうで
それなら一目瞭然。
分かりやすそうだ。
点字は横書きで
1行ずつ枠が決まっているので
簡単に、文字を書き足して
いくことが出来ない。
ちょっと印をつけたり
仮の数字なんかも
書いて置くことが出来ない。
点字で分数を書く場合
最初に分子を書いて
横線の代わりの
記号を入れて
それで分母を書いていく。
なので、
指で1行を
辿っていくので
「3/5+8/9は?」
だと
「3-5+8-9=…」
と、読んでいくので
考えているうちに
分母だか分子だったか
分からなくなってくる。
数式が長くなってきたり
数字が大きくなって
きたりすれば尚更だ。
分子だけ拾い読み
していくことが簡単には出来ない。
分母も読みながら
分子だけ頭に入れていくのだから
間違えやすい。
でもこんな
分かりにくい
書き方でも
点字を使っていて
数学の得意な人が
結構多いらしい
というのだから
世の中…
盲人世界…わからない。
やっぱりこれも
訓練で
上手に計算していける様
になるのかもしれない。
数学の勉強がある。
私の苦手な.…数学。
特に分数がややこしい。
目の見える世界では
横線の下側が分母で
上側に分子を
書くんだそうで
それなら一目瞭然。
分かりやすそうだ。
点字は横書きで
1行ずつ枠が決まっているので
簡単に、文字を書き足して
いくことが出来ない。
ちょっと印をつけたり
仮の数字なんかも
書いて置くことが出来ない。
点字で分数を書く場合
最初に分子を書いて
横線の代わりの
記号を入れて
それで分母を書いていく。
なので、
指で1行を
辿っていくので
「3/5+8/9は?」
だと
「3-5+8-9=…」
と、読んでいくので
考えているうちに
分母だか分子だったか
分からなくなってくる。
数式が長くなってきたり
数字が大きくなって
きたりすれば尚更だ。
分子だけ拾い読み
していくことが簡単には出来ない。
分母も読みながら
分子だけ頭に入れていくのだから
間違えやすい。
でもこんな
分かりにくい
書き方でも
点字を使っていて
数学の得意な人が
結構多いらしい
というのだから
世の中…
盲人世界…わからない。
やっぱりこれも
訓練で
上手に計算していける様
になるのかもしれない。
2018年6月29日金曜日
ネズミのたたり
私が7歳の時。
目が悪くなる前の日。
夜、目が覚めて
ぼんやりテレビの方を見ていた。
家族みんな寝静まっている。
テレビの置かれている後ろは白い壁。
床の間の壁。
そしたらそこにねずみの大きな黒い影が浮き上ってきた。
ミッキーマウスのように
丸い大きな耳があって
口がとがっている。
じっと見ていたら
そのねずみの影の中から
包帯をぐるぐる巻きにした
真っ黒な陰が出てきて
私の方にゆっくりゆっくり歩いてくる。
怖くて目をぎゅっとつぶって
お布団の中に潜りこんだんだけれど
ミイラがだんだん近づいてくるのがまだ見える。
私の横に来たミイラ
私と同じ格好して
私の上から覆い被さってきた。
次の日、町の小学校1年生だった私。
教室の後ろから2番目の席。
昨日まで見えていた黒板の字が
白いチョークの字がボヤけて見えない。
保健室に連れていかれた私は
視力検査をし、親が呼び出されたんだ。
作業着のまま飛んできてくれたお父ちゃんだった。
何日か前のこと。
お母ちゃんから言われて
ねずみとりの罠にかかった
ねずみ1匹を籠のまま渡されて
外の金だらいに
水が張ってあるから
それに沈めて殺してこい!
っと言われたんだ。
私は金だらいの脇にしゃがみこんで
籠の中で苦しがるねずみを見ていた。
ねずみは涙をながしていた。
沈めては持ち上げ
持ち上げては沈めたりして
もがいているねずみの振動を
手に感じながら繰り返していたんだ。
かわいそうと思っていたのに
なんで逃がしてあげれなかったんだろうか。
目が悪くなる前の日。
夜、目が覚めて
ぼんやりテレビの方を見ていた。
家族みんな寝静まっている。
テレビの置かれている後ろは白い壁。
床の間の壁。
そしたらそこにねずみの大きな黒い影が浮き上ってきた。
ミッキーマウスのように
丸い大きな耳があって
口がとがっている。
じっと見ていたら
そのねずみの影の中から
包帯をぐるぐる巻きにした
真っ黒な陰が出てきて
私の方にゆっくりゆっくり歩いてくる。
怖くて目をぎゅっとつぶって
お布団の中に潜りこんだんだけれど
ミイラがだんだん近づいてくるのがまだ見える。
私の横に来たミイラ
私と同じ格好して
私の上から覆い被さってきた。
次の日、町の小学校1年生だった私。
教室の後ろから2番目の席。
昨日まで見えていた黒板の字が
白いチョークの字がボヤけて見えない。
保健室に連れていかれた私は
視力検査をし、親が呼び出されたんだ。
作業着のまま飛んできてくれたお父ちゃんだった。
何日か前のこと。
お母ちゃんから言われて
ねずみとりの罠にかかった
ねずみ1匹を籠のまま渡されて
外の金だらいに
水が張ってあるから
それに沈めて殺してこい!
っと言われたんだ。
私は金だらいの脇にしゃがみこんで
籠の中で苦しがるねずみを見ていた。
ねずみは涙をながしていた。
沈めては持ち上げ
持ち上げては沈めたりして
もがいているねずみの振動を
手に感じながら繰り返していたんだ。
かわいそうと思っていたのに
なんで逃がしてあげれなかったんだろうか。
2018年6月25日月曜日
リュック
小学生高学年の時
盲学校に行っていた盲人の私達と
一般の小学校に行っている子供達との
交流山登り会があった。
1泊のお泊りはバンガローだった。
日曜日。
お天気の良い朝。
食事を済ませて
班ごとに並んで
山登りへの順番を待っていた。
盲学校から参加している子達は
みんなバラバラで
それぞれの班に別れていた。
みんな1泊のお泊りだから
おっきなリュックを背負っていた。
「ほら!貸して!
リュックは車に運んでおいてあげよう。」
あちらの小学校の先生が来て
水筒だけ首にかけてくれて
リュックを背中から
持って行ってくれた。
「え?いいなぁ。
よっちゃん!
目が見えないから
リュック持たなくっていいんだ。
いいなぁ。ずるいなあ。」
それからの山道
リュック背負ったみんなが
手を貸してくれた。
リュック無くていいね。と
なんで目が見えないと
リュック持ってもらえるんだよ!
なんて男の子達が聞えよがしに言っている。
あの時の私。
居心地悪かった。
気温も高く
山道もきつかった。
ああいう形での配慮っていうのは
どうだったのかな?
盲学校に行っていた盲人の私達と
一般の小学校に行っている子供達との
交流山登り会があった。
1泊のお泊りはバンガローだった。
日曜日。
お天気の良い朝。
食事を済ませて
班ごとに並んで
山登りへの順番を待っていた。
盲学校から参加している子達は
みんなバラバラで
それぞれの班に別れていた。
みんな1泊のお泊りだから
おっきなリュックを背負っていた。
「ほら!貸して!
リュックは車に運んでおいてあげよう。」
あちらの小学校の先生が来て
水筒だけ首にかけてくれて
リュックを背中から
持って行ってくれた。
「え?いいなぁ。
よっちゃん!
目が見えないから
リュック持たなくっていいんだ。
いいなぁ。ずるいなあ。」
それからの山道
リュック背負ったみんなが
手を貸してくれた。
リュック無くていいね。と
なんで目が見えないと
リュック持ってもらえるんだよ!
なんて男の子達が聞えよがしに言っている。
あの時の私。
居心地悪かった。
気温も高く
山道もきつかった。
ああいう形での配慮っていうのは
どうだったのかな?
2018年3月30日金曜日
3月30日
「フランシーヌの場合は
あまりにもおばかさん。
3月30日の日曜日
パリの朝に燃えた命ひとつ。
」
50年前、初めてこの歌を
聞いた場所を覚えている。
私は、目の治療のため
信濃町の大学病院に入院していた。
目が悪いと言っても
よくよく見えていて
廊下も一人で走ったり
田舎から担任の先生が
お土産に持ってきて下さった本があって
それに載っていた鮮やかに映し出された
ロケットや土星たちの星の写真なんかは
よく見えていた。
私は検査の名の下で
何をされたのか
今となっては何も分からないし
痛みすら忘れてしまっているけれど。
私は、検査拷問にあった後
三輪車のようなストレッチァーに乗せられて、
広いような廊下を移動していた。
窓からお日様が射していて
とても暖かったんだけれど
私はぼんやり
お日様はどこかな
っと思っていた。
何か音がしていて
その廊下に響いていた。
「3月30日の日曜日ー。」
どこからかこの歌が流れてきた。
七歳の私に何の意味も
分からなかったけれど
パリとか
燃えた命とか
新谷のり子さんの声が
体中に張り付いてしまった。
この歌を聴きながら
お日様の暖かさを
眩しくない目で感じながら
私は全盲。という1歩を
スタートしたんだ。
この歌に歌われている
フランシーヌさんは実在していて
国家に言いたいことがあって
焼身自殺してしまったんだそうだ。
どうしてそんなことしちゃったのかな?
あまりにもおばかさん。
3月30日の日曜日
パリの朝に燃えた命ひとつ。
」
50年前、初めてこの歌を
聞いた場所を覚えている。
私は、目の治療のため
信濃町の大学病院に入院していた。
目が悪いと言っても
よくよく見えていて
廊下も一人で走ったり
田舎から担任の先生が
お土産に持ってきて下さった本があって
それに載っていた鮮やかに映し出された
ロケットや土星たちの星の写真なんかは
よく見えていた。
私は検査の名の下で
何をされたのか
今となっては何も分からないし
痛みすら忘れてしまっているけれど。
私は、検査拷問にあった後
三輪車のようなストレッチァーに乗せられて、
広いような廊下を移動していた。
窓からお日様が射していて
とても暖かったんだけれど
私はぼんやり
お日様はどこかな
っと思っていた。
何か音がしていて
その廊下に響いていた。
「3月30日の日曜日ー。」
どこからかこの歌が流れてきた。
七歳の私に何の意味も
分からなかったけれど
パリとか
燃えた命とか
新谷のり子さんの声が
体中に張り付いてしまった。
この歌を聴きながら
お日様の暖かさを
眩しくない目で感じながら
私は全盲。という1歩を
スタートしたんだ。
この歌に歌われている
フランシーヌさんは実在していて
国家に言いたいことがあって
焼身自殺してしまったんだそうだ。
どうしてそんなことしちゃったのかな?
2018年1月2日火曜日
たこあげ
冬休みが開けて3学期。
外は寒いけれど、私たち小学生たちは若い先生たちと放課後たこあげをして遊んでもらった。
ボール紙にグルグル巻きつけられたたこ糸をにぎって先生の声を待っている。
先生は向こうで良い風にたこを乗せようと頃合いを見計らっているんだ。
私は冷たい風のなかツンツン飛びはねるたこ糸を両手でぎゅっとおさえつけて胸にかかえこむ。
あっちでもこっちでも「たこがあがったあ!」と友達の歓声がきこえてくる。
「よおし!走れ!前!前!」
乾いた校庭ジャリジャリけって思いっきり走っていく。
たこ糸がぐっと重くなって後ろに引っぱられる。
先生は後ろから走ってきて私の手を取って上がっていくたこを見上げている。
たこ糸がグングン私を引っ張っていく。
誰か向こうで引っぱっているようにグーンっと引いたり緩めたりしながら私をもちあげにかかるたこ糸はブルブルと風の強さによって震えを変えているようだ。
「このたこ糸の向こうでたこが飛んでるのがわかるか?」
耳元で言ってくれた先生の声は男っぽくってぞくっとしてしまった。かっこよかった。
目が見えた頃、テレビで赤影参上っていう番組があって赤影たちが大きなたこで空を飛んでいるシーンがあったけれどまさかっと思っていたけれどこんなだったらほんとに飛べていたのかもとおもう。
たこはビニールでできていて肩幅よりちょっと大きなかんじで、下にヒラヒラがついていたかどうかは忘れてしまったけれどひし形のような形のものだった。
たこのおなかのところに吹きつけられた風がたまると空高く飛んでいくからたこ糸を握っていればたこの様子がわかるはずだっと説明してくれていたんだ。
空へとつきささっていくたこ糸は角度を増していく。
持ち上げられてしまいそうに強い力だ。
「ほら見えるか?たこ同士が喧嘩するぞ!あっちほらあっち!」
弱視の子たちがよく見えるようにと先生とみんなとで派手派手のカラフルたこにおしゃれしていたから。見える!見える!とみんな大喜びだった。
テレビドラマにでも出てきそうな素敵な先生だった。
こんな躍動間のあるたこ上げ。
子供たちと一緒にしてみたかったなあ!
外は寒いけれど、私たち小学生たちは若い先生たちと放課後たこあげをして遊んでもらった。
ボール紙にグルグル巻きつけられたたこ糸をにぎって先生の声を待っている。
先生は向こうで良い風にたこを乗せようと頃合いを見計らっているんだ。
私は冷たい風のなかツンツン飛びはねるたこ糸を両手でぎゅっとおさえつけて胸にかかえこむ。
あっちでもこっちでも「たこがあがったあ!」と友達の歓声がきこえてくる。
「よおし!走れ!前!前!」
乾いた校庭ジャリジャリけって思いっきり走っていく。
たこ糸がぐっと重くなって後ろに引っぱられる。
先生は後ろから走ってきて私の手を取って上がっていくたこを見上げている。
たこ糸がグングン私を引っ張っていく。
誰か向こうで引っぱっているようにグーンっと引いたり緩めたりしながら私をもちあげにかかるたこ糸はブルブルと風の強さによって震えを変えているようだ。
「このたこ糸の向こうでたこが飛んでるのがわかるか?」
耳元で言ってくれた先生の声は男っぽくってぞくっとしてしまった。かっこよかった。
目が見えた頃、テレビで赤影参上っていう番組があって赤影たちが大きなたこで空を飛んでいるシーンがあったけれどまさかっと思っていたけれどこんなだったらほんとに飛べていたのかもとおもう。
たこはビニールでできていて肩幅よりちょっと大きなかんじで、下にヒラヒラがついていたかどうかは忘れてしまったけれどひし形のような形のものだった。
たこのおなかのところに吹きつけられた風がたまると空高く飛んでいくからたこ糸を握っていればたこの様子がわかるはずだっと説明してくれていたんだ。
空へとつきささっていくたこ糸は角度を増していく。
持ち上げられてしまいそうに強い力だ。
「ほら見えるか?たこ同士が喧嘩するぞ!あっちほらあっち!」
弱視の子たちがよく見えるようにと先生とみんなとで派手派手のカラフルたこにおしゃれしていたから。見える!見える!とみんな大喜びだった。
テレビドラマにでも出てきそうな素敵な先生だった。
こんな躍動間のあるたこ上げ。
子供たちと一緒にしてみたかったなあ!
2017年12月5日火曜日
校内
盲学校の敷地内には学校と寄宿舎の2棟があって、校庭や前庭、プール、体育館、あちこちに花壇、校庭の端っこにはすこしの遊具、体育倉庫なんかがある。
校内の移動は弱視の子は少し見えるし、慣れてもいくから白杖を持つ必要もない。
だけれど全盲の私たちも小学生から専門科の大人の人たちも、みな白杖を持ってなんか歩いている人はいなかった。
いまでこそ分からないけれど、40年前には点字ブロックなんていうのもそんなに普及していなかったから、校内にもなかった。
だけれど校内部屋の移動だって、体育館への渡り廊下だって、寄宿舎内のほかの棟にあったお風呂へだって洗濯場へだって杖なしで歩いていた。
ちょっと方向が分からなくなると、靴でパンパン地面を叩いたり、男の子なんかは指をパチリ鳴らしたりして、その響く音を聞いて今いる位置を感じ取っていた。
それこそ勘で歩いていた。
それでもひどい事故はなかったようだ。
慣れている家の中はもちろん白杖なしだ。
間取りがちゃんと分かっているから、目が見える人のようにチャッチャ動き回ることができちゃうんだ。
校内の移動は弱視の子は少し見えるし、慣れてもいくから白杖を持つ必要もない。
だけれど全盲の私たちも小学生から専門科の大人の人たちも、みな白杖を持ってなんか歩いている人はいなかった。
いまでこそ分からないけれど、40年前には点字ブロックなんていうのもそんなに普及していなかったから、校内にもなかった。
だけれど校内部屋の移動だって、体育館への渡り廊下だって、寄宿舎内のほかの棟にあったお風呂へだって洗濯場へだって杖なしで歩いていた。
ちょっと方向が分からなくなると、靴でパンパン地面を叩いたり、男の子なんかは指をパチリ鳴らしたりして、その響く音を聞いて今いる位置を感じ取っていた。
それこそ勘で歩いていた。
それでもひどい事故はなかったようだ。
慣れている家の中はもちろん白杖なしだ。
間取りがちゃんと分かっているから、目が見える人のようにチャッチャ動き回ることができちゃうんだ。
2017年11月30日木曜日
お医者さんごっこ
「脳波取りますよ」
「脊髄液取りますから背中出して、ひざを抱えてごらん。痛くないからね。」
「カテーテルいれますよ」
「採血、腕がダメだから足からにしましょう。」
「点滴、今日は2本かな」
「明日、オペですね」
私が小学生の時、寮でみんなでよく遊んだお医者さんごっこ。
私を含めて、ほとんどみんな病院で色んな検査や治療を受けてきている。
検査の経験が沢山ある子がお医者さんになれる。
専門用語がいっぱい出てくる。
採血を足から取ったという子。
どれだけ腕に針を刺されてきたことだろう。
脊髄液、確かわたしも取られた。
腰の骨のあいだから物凄い痛い注射をされ、何人もの看護婦さんたちが私に覆いかぶさって抑えつけられてやられた注射だ。
「私もしたよ、この検査。」
他にも何人かいた。
痛かったよねと、その時の話をしているうちに何となくお医者さんごっこはおしまいになっているんだ。
「脊髄液取りますから背中出して、ひざを抱えてごらん。痛くないからね。」
「カテーテルいれますよ」
「採血、腕がダメだから足からにしましょう。」
「点滴、今日は2本かな」
「明日、オペですね」
私が小学生の時、寮でみんなでよく遊んだお医者さんごっこ。
私を含めて、ほとんどみんな病院で色んな検査や治療を受けてきている。
検査の経験が沢山ある子がお医者さんになれる。
専門用語がいっぱい出てくる。
採血を足から取ったという子。
どれだけ腕に針を刺されてきたことだろう。
脊髄液、確かわたしも取られた。
腰の骨のあいだから物凄い痛い注射をされ、何人もの看護婦さんたちが私に覆いかぶさって抑えつけられてやられた注射だ。
「私もしたよ、この検査。」
他にも何人かいた。
痛かったよねと、その時の話をしているうちに何となくお医者さんごっこはおしまいになっているんだ。
2017年11月23日木曜日
かくれんぼ
「もーいいかい?」
「もういいよ。」
私は寮の部屋の扉を開けて、部屋じゅうあちこち触りまくる。
学校が終わると、小学生は部活もないから早々と寮に戻ってきて、みんなとこうして色んなことして夕食までの時間を過ごしていく。
私は押入れを開けて、おふとんのあんこになって隠れてはないかと、いちいち手を突っこんで探していく。
机の下、カーテンの中。
いくら探しても見つからない。
「みんな、どこにいるの?天袋は危ないから、登れないよお。」
カタリっと音がした。机の上だ。
私は机の上を端から勢いよく触っていく。
きゃあ!と言って、笑いながら畳のうえに飛び降りてくる。
みんなは、私が全盲だから机の上に音を立てずに立っていたんだ。
「ずるいよ!机の上じゃ、隠れていることにならないじゃない!」
わたしは抗議する。
「でもさ、見つけられないんだから隠れているってことでしょ?」
よくよく聞いたら、一人は私の後ろをソロリソロリ後をつけていたというし。
机の上をちょっと私が触った時は、静かにヒョイッっとヒョイっと足を上げて逃げていたと言う。
「それ、ひどいじゃない!ひどいよ!ずるいよ!」
弱視のお友達としたかくれんぼ。
大人のなった、いま。
ずるいっと今でも思う。
けれど、何が誰が、どうずるいのかが未だに分からないでいる。
「もういいよ。」
私は寮の部屋の扉を開けて、部屋じゅうあちこち触りまくる。
学校が終わると、小学生は部活もないから早々と寮に戻ってきて、みんなとこうして色んなことして夕食までの時間を過ごしていく。
私は押入れを開けて、おふとんのあんこになって隠れてはないかと、いちいち手を突っこんで探していく。
机の下、カーテンの中。
いくら探しても見つからない。
「みんな、どこにいるの?天袋は危ないから、登れないよお。」
カタリっと音がした。机の上だ。
私は机の上を端から勢いよく触っていく。
きゃあ!と言って、笑いながら畳のうえに飛び降りてくる。
みんなは、私が全盲だから机の上に音を立てずに立っていたんだ。
「ずるいよ!机の上じゃ、隠れていることにならないじゃない!」
わたしは抗議する。
「でもさ、見つけられないんだから隠れているってことでしょ?」
よくよく聞いたら、一人は私の後ろをソロリソロリ後をつけていたというし。
机の上をちょっと私が触った時は、静かにヒョイッっとヒョイっと足を上げて逃げていたと言う。
「それ、ひどいじゃない!ひどいよ!ずるいよ!」
弱視のお友達としたかくれんぼ。
大人のなった、いま。
ずるいっと今でも思う。
けれど、何が誰が、どうずるいのかが未だに分からないでいる。
2017年10月31日火曜日
白杖マナー
私が小学生低学年のとき。
どこか、遠足にいった。
私たちはベンチに座っておしゃべりしながらバスを待っていた。
「あっ!」
私の白杖が蹴り飛ばされて、白杖の上部が首だか頭だかを強く打った。
頭の上から担任の先生の怒鳴り声だ。
つまずいたのは先生だった。
先生は私の杖を取り上げると、
そのベンチから少し離れたところに立たせると、こっちへ歩いてきなさいと物凄い剣幕だ。
私はゆく手に杖が出されていることが分かっていたから立ちすくんでいた。
早く歩いてきなさい、と大声がとぶ。
仕方なく私は歩き始め、杖が斜めに出されているところでつまずいて、向こう側に転んだ。
椅子に座っているとき、うっかり長い白杖を真っすぐに立てておかずに
上部を肩にもたせかけて白状の先を通路の方へ出したままにするのはもっての外だと。
白杖は使わないときには必ず真っすぐに立てておかなければならないこと。
つまずいた先が階段だったりしたら非常に危ないこと。
また、座っていても白杖を立てていればそれが盲人の旗となって、周りの人に盲人であることを知ってもらえること。
人ごみの中、階段など足元が見にくいところでは特に白杖を振り回すように歩いてはいけないということ。
いつだったか非常に混雑していた駅の階段で
降りるところを確認しようとした時に、私の白杖の先がすくわれたっと思った瞬間、
叫び声が上がって、女性が階段から落ちてしまった。
鈍い音がはっきり聞こえた
もちろん私の白杖のせいだ。
「大丈夫ですか?」
少し先で何人かの人の声が聞こえる。
私は階段降りずに、息もできずに立ちすくんで耳をすました。
心臓と手首の脈がドキドキしているまま、時間がすぎた。
救急車がくる様子もなく、私が誰からか責められることもなく、目の前を大勢の人たちが向こうへこちらへと 移動の波は途切れることがない。
確かけっこう遅い時間だった。
慣れない丸ノ内線でのことだった。
私はひとり、誰に状況を聞いたらよいのか、ケガはされたのか、どうやって謝まったらよいのか、ただしばらく立ち続けていた。
バラバラと靴音が階段を降りていく。
何の変わった様子もない。
私は静かに階段を降りて耳をすました。
靴音と何人かの関係ない話声だけだ。
私はまたゆっくり階段を上がってホームに立った。
電車に乗って帰るしかなかった。
どこか、遠足にいった。
私たちはベンチに座っておしゃべりしながらバスを待っていた。
「あっ!」
私の白杖が蹴り飛ばされて、白杖の上部が首だか頭だかを強く打った。
頭の上から担任の先生の怒鳴り声だ。
つまずいたのは先生だった。
先生は私の杖を取り上げると、
そのベンチから少し離れたところに立たせると、こっちへ歩いてきなさいと物凄い剣幕だ。
私はゆく手に杖が出されていることが分かっていたから立ちすくんでいた。
早く歩いてきなさい、と大声がとぶ。
仕方なく私は歩き始め、杖が斜めに出されているところでつまずいて、向こう側に転んだ。
椅子に座っているとき、うっかり長い白杖を真っすぐに立てておかずに
上部を肩にもたせかけて白状の先を通路の方へ出したままにするのはもっての外だと。
白杖は使わないときには必ず真っすぐに立てておかなければならないこと。
つまずいた先が階段だったりしたら非常に危ないこと。
また、座っていても白杖を立てていればそれが盲人の旗となって、周りの人に盲人であることを知ってもらえること。
人ごみの中、階段など足元が見にくいところでは特に白杖を振り回すように歩いてはいけないということ。
いつだったか非常に混雑していた駅の階段で
降りるところを確認しようとした時に、私の白杖の先がすくわれたっと思った瞬間、
叫び声が上がって、女性が階段から落ちてしまった。
鈍い音がはっきり聞こえた
もちろん私の白杖のせいだ。
「大丈夫ですか?」
少し先で何人かの人の声が聞こえる。
私は階段降りずに、息もできずに立ちすくんで耳をすました。
心臓と手首の脈がドキドキしているまま、時間がすぎた。
救急車がくる様子もなく、私が誰からか責められることもなく、目の前を大勢の人たちが向こうへこちらへと 移動の波は途切れることがない。
確かけっこう遅い時間だった。
慣れない丸ノ内線でのことだった。
私はひとり、誰に状況を聞いたらよいのか、ケガはされたのか、どうやって謝まったらよいのか、ただしばらく立ち続けていた。
バラバラと靴音が階段を降りていく。
何の変わった様子もない。
私は静かに階段を降りて耳をすました。
靴音と何人かの関係ない話声だけだ。
私はまたゆっくり階段を上がってホームに立った。
電車に乗って帰るしかなかった。
2017年10月29日日曜日
流し
流しは父の職業だった。
実家を片付けていたら、木製のケースに入ったアコーディオンが出てきた。
相当重たかった。
脇にベルトがあって、肩に掛けられるようになっていた。
開けてみると古いアコーディオンで、ジャバラを引っ張って押してみるとブーっと音がでた。
丸いキーを押してみたら、和音もちゃんと出る。
古いけれど綺麗に磨かれていた。
肩にかける革のベルトはぼろぼろになっていたけれど。
昭和20年の後半ごろ、父は佐賀県からこのアコーディオンを担いで酒場で弾きながら埼玉まで流れてきたんだ。
「連絡もしないのに、どうしてお店に入ってアコーディオンなんて弾くことできたの?」
あまり昔のことを話したがらない父だったが、この時は機嫌が良かったんだろう。
酒場街に入ると、道で流行りの曲を弾いて歩くと、店の人が出てきて店内に誘ってくれるんだそうだ。
お客たちが拍手と指笛で歓迎してくれる。
いつだって誰かしら歌の好きな上手な人がいて歌い出す。
父は即興で伴奏をする。
3曲でお酒1杯ほどの値段だったそうだ。
しばらく弾いていると、隣の店からも次には来てくれるようにと呼びにきてくれる。
お金を貰ったり、お酒やごはんや、時には上着なんかも貰えたんだそうだ。
夜は流しているから、昼間温かくなったらそこらで寝ていたらしい。
こうやって、はるばる海を渡って弾き流しきたんだ。
そういえばNHKでアコーディオンの上手な人が出ていて、それを熱心に聞いていたっけ。
私が3~4年生ごろ、父は三角の箱に入ったガットギターを私に買ってきた。
5フレットを押さえてと調弦の仕方を教えてくれた。
「ギターか琴が出来りゃあ、飯の足しになるんにな。」
そんなこと小さな声で言ったりもしていたっけ。
実家を片付けていたら、木製のケースに入ったアコーディオンが出てきた。
相当重たかった。
脇にベルトがあって、肩に掛けられるようになっていた。
開けてみると古いアコーディオンで、ジャバラを引っ張って押してみるとブーっと音がでた。
丸いキーを押してみたら、和音もちゃんと出る。
古いけれど綺麗に磨かれていた。
肩にかける革のベルトはぼろぼろになっていたけれど。
昭和20年の後半ごろ、父は佐賀県からこのアコーディオンを担いで酒場で弾きながら埼玉まで流れてきたんだ。
「連絡もしないのに、どうしてお店に入ってアコーディオンなんて弾くことできたの?」
あまり昔のことを話したがらない父だったが、この時は機嫌が良かったんだろう。
酒場街に入ると、道で流行りの曲を弾いて歩くと、店の人が出てきて店内に誘ってくれるんだそうだ。
お客たちが拍手と指笛で歓迎してくれる。
いつだって誰かしら歌の好きな上手な人がいて歌い出す。
父は即興で伴奏をする。
3曲でお酒1杯ほどの値段だったそうだ。
しばらく弾いていると、隣の店からも次には来てくれるようにと呼びにきてくれる。
お金を貰ったり、お酒やごはんや、時には上着なんかも貰えたんだそうだ。
夜は流しているから、昼間温かくなったらそこらで寝ていたらしい。
こうやって、はるばる海を渡って弾き流しきたんだ。
そういえばNHKでアコーディオンの上手な人が出ていて、それを熱心に聞いていたっけ。
私が3~4年生ごろ、父は三角の箱に入ったガットギターを私に買ってきた。
5フレットを押さえてと調弦の仕方を教えてくれた。
「ギターか琴が出来りゃあ、飯の足しになるんにな。」
そんなこと小さな声で言ったりもしていたっけ。
2017年10月27日金曜日
空気注射
大勢の人ごみの中長いこと待たされて、やっと私の番になった。
寝台に横になると、看護婦さんのような女性が手早く空気注射をプツンプツンと刺していく。
目頭と、目尻の脇、耳の周り、首の後ろ、肩、お尻の脇。
刺した後はぴしゃっと濡れていて、蚊に刺されたようにぷくっと腫れている。
両手をぎゅっと握って痛さをこらえた。
最後に母が何枚かのお札を数えて支払いをしていることを知っているから泣かずに我慢した。
目が見えなくなってしまった私は、定期的に軽井沢にある、このなんとか診療所ってところまで母に連れられ、空気注射を受けに通っていた。
すぐ近くでは浅間山荘事件の真っ只中。
危ないからと近所の人たちから止められていたのに、母は熱心だった。
駅には沢山の警察官たちがいた。
その治療の前には儀式があって、
どれほどだか相当広い畳の広間にキツキツで大勢の人たちが正座して座って、
何やら色んな話があって、突然に雷が落ちたように全員が呪文をごうごうと唱えはじめる。
かみなりさまの唸り声のようでもあり、遠く近く雷鳴のようでもあった。
何百人かの呪文は何かのエネルギーを起こすようで、
血がふつふつ熱くなってきたことを覚えている。
その儀式には空気注射の液と塗り薬がたくさん置かれていて、
儀式がおわると注射液は神水となり、塗り薬は護塗(ごふ)「神のくすり」という神聖なものに変わるらしい。
それからずっとあとのこと。
私は寮で、虫さされか何かで寮母先生から薬を塗ってもらった。
「このお薬は、何でも良く効くのよ」
と言って塗ってくれたのが、ほんのり甘い匂いのするあの護塗(ごふ)そっくりの匂いだった。
護塗(ごふ)そのものだった。
商品名を聞くと、確かパイロールとかいった。
寝台に横になると、看護婦さんのような女性が手早く空気注射をプツンプツンと刺していく。
目頭と、目尻の脇、耳の周り、首の後ろ、肩、お尻の脇。
刺した後はぴしゃっと濡れていて、蚊に刺されたようにぷくっと腫れている。
両手をぎゅっと握って痛さをこらえた。
最後に母が何枚かのお札を数えて支払いをしていることを知っているから泣かずに我慢した。
目が見えなくなってしまった私は、定期的に軽井沢にある、このなんとか診療所ってところまで母に連れられ、空気注射を受けに通っていた。
すぐ近くでは浅間山荘事件の真っ只中。
危ないからと近所の人たちから止められていたのに、母は熱心だった。
駅には沢山の警察官たちがいた。
その治療の前には儀式があって、
どれほどだか相当広い畳の広間にキツキツで大勢の人たちが正座して座って、
何やら色んな話があって、突然に雷が落ちたように全員が呪文をごうごうと唱えはじめる。
かみなりさまの唸り声のようでもあり、遠く近く雷鳴のようでもあった。
何百人かの呪文は何かのエネルギーを起こすようで、
血がふつふつ熱くなってきたことを覚えている。
その儀式には空気注射の液と塗り薬がたくさん置かれていて、
儀式がおわると注射液は神水となり、塗り薬は護塗(ごふ)「神のくすり」という神聖なものに変わるらしい。
それからずっとあとのこと。
私は寮で、虫さされか何かで寮母先生から薬を塗ってもらった。
「このお薬は、何でも良く効くのよ」
と言って塗ってくれたのが、ほんのり甘い匂いのするあの護塗(ごふ)そっくりの匂いだった。
護塗(ごふ)そのものだった。
商品名を聞くと、確かパイロールとかいった。
2017年10月24日火曜日
ほうき
私が小学1年生の時から生活していた盲学校の寮は6人部屋だった。
たたみ12畳に、作り付けの押入れとロッカーと机が6個づつ畳をぐるり囲んでいた。
窓は南向きで、ベランダに布団も干すこともできた。
大きな窓開けると、すぐ前の林の空気が流れ込んできて気持ちがいい。
小中高、各学部ごとに縦割りされているんで、きょうだいのような感じだ。
6時半、起床で点呼が終わると掃除が始まる。
私は、それっそれっとばかりにほうきを大きくスイングさせて、音高く畳をこすっていく。
みんなは、椅子を出したり引っこめたり、机の下の荷物を上に上げたりしてほうきの道を作っていく。
「あら!それじゃゴミが集まらないでしょ。」
廊下から寮母先生が部屋に入ってきて、私の手の上から先生の冷たい手を添えてくる。
ほうきを跳ね上げると、ほこりも一緒に舞い上がってしまうってこと。
ほうきの面をたたみに直角に当てて、ほこりを押さえつけるように静かに穂先を滑らしていく。
ほうきを送り出したら、ほこりを押さえつけるようにする。
先生がお手本を聞かせてくれる。
小さく優しいほうきの音だ。
さらさらとせせらぎのようだ。
ほこりは風が吹く時にだけ舞うんじゃなく、
乱暴に扱ったほうきの先でも舞い上がるんだそうだ。
それが朝日の中にきらきら見えるらしい。
盲学校の先生は私たちが出来ているようだけれど、本質がわかってないって所をちゃんと見つけてくれる。
気が付いてくれる。
こういう大切なこと、教えてもらえてよかった。
たたみ12畳に、作り付けの押入れとロッカーと机が6個づつ畳をぐるり囲んでいた。
窓は南向きで、ベランダに布団も干すこともできた。
大きな窓開けると、すぐ前の林の空気が流れ込んできて気持ちがいい。
小中高、各学部ごとに縦割りされているんで、きょうだいのような感じだ。
6時半、起床で点呼が終わると掃除が始まる。
私は、それっそれっとばかりにほうきを大きくスイングさせて、音高く畳をこすっていく。
みんなは、椅子を出したり引っこめたり、机の下の荷物を上に上げたりしてほうきの道を作っていく。
「あら!それじゃゴミが集まらないでしょ。」
廊下から寮母先生が部屋に入ってきて、私の手の上から先生の冷たい手を添えてくる。
ほうきを跳ね上げると、ほこりも一緒に舞い上がってしまうってこと。
ほうきの面をたたみに直角に当てて、ほこりを押さえつけるように静かに穂先を滑らしていく。
ほうきを送り出したら、ほこりを押さえつけるようにする。
先生がお手本を聞かせてくれる。
小さく優しいほうきの音だ。
さらさらとせせらぎのようだ。
ほこりは風が吹く時にだけ舞うんじゃなく、
乱暴に扱ったほうきの先でも舞い上がるんだそうだ。
それが朝日の中にきらきら見えるらしい。
盲学校の先生は私たちが出来ているようだけれど、本質がわかってないって所をちゃんと見つけてくれる。
気が付いてくれる。
こういう大切なこと、教えてもらえてよかった。
2017年10月22日日曜日
うらない
「すらぺ言うんじゃねえで。
前世ちゅうんは、俺の父ちゃん母ちゃんだんべ。
父ちゃんは、えらい船乗りだったし、母ちゃんは村のもんに料理教えてたんだで!
ばち当てるんだら、俺に当てりゃいいがな。
何で、俺の子だけに当てやがんだ。」
殴りかかる父を、母は飛びついて防いだ。
私が目が見えなくなったことを聞きつけて、色んな人たちが何か集まりへの誘いにやってきた。
拝めばいいとか、お札をどこかにお備えするとか、
何かを買ったらいいとか話を聞きにこいとか。
誘いにきてくれたおじさんおばさん達みんな私のことを心配してくれてのことだった。
そんな人たちに父は大声で怒鳴りつけ追い出していった。
でも、どの人たちも怒ることもなく、また来るねと言って私の手を握って帰っていった。
占い師が来た時は父は、どういうわけだか話をよく聞いていた。
うちの台所の流しとガス台が並んで北に向いているのが災いしたというのだ。
何日か後、西側の台所の木の柱に穴が開けられ、ガス管が通された。
ガス台が西側に移されて、そこにあった食器棚が流し場と並べられたんだ。
ガス台が流し台の横の食器棚の向こうだから、さぞかし不便だったろう。
そのガス台では土瓶がかけられ、どくだみがことこと煮出されたり、やつめうなぎや朝鮮にんじんが煎じられたりしていた。
四畳半と六畳の部屋は息苦しいほどにくさかった。
子供の私にはとても飲めるしろものではなかったけれど。
砂糖を入れたから、はちみつを入れたからと言い聞かせられながら、時には怒られながら飲まされていたんだ。
せっかく西に移したガス台で煎じたのに少しの効果もなかったのは残念だ。
前世ちゅうんは、俺の父ちゃん母ちゃんだんべ。
父ちゃんは、えらい船乗りだったし、母ちゃんは村のもんに料理教えてたんだで!
ばち当てるんだら、俺に当てりゃいいがな。
何で、俺の子だけに当てやがんだ。」
殴りかかる父を、母は飛びついて防いだ。
私が目が見えなくなったことを聞きつけて、色んな人たちが何か集まりへの誘いにやってきた。
拝めばいいとか、お札をどこかにお備えするとか、
何かを買ったらいいとか話を聞きにこいとか。
誘いにきてくれたおじさんおばさん達みんな私のことを心配してくれてのことだった。
そんな人たちに父は大声で怒鳴りつけ追い出していった。
でも、どの人たちも怒ることもなく、また来るねと言って私の手を握って帰っていった。
占い師が来た時は父は、どういうわけだか話をよく聞いていた。
うちの台所の流しとガス台が並んで北に向いているのが災いしたというのだ。
何日か後、西側の台所の木の柱に穴が開けられ、ガス管が通された。
ガス台が西側に移されて、そこにあった食器棚が流し場と並べられたんだ。
ガス台が流し台の横の食器棚の向こうだから、さぞかし不便だったろう。
そのガス台では土瓶がかけられ、どくだみがことこと煮出されたり、やつめうなぎや朝鮮にんじんが煎じられたりしていた。
四畳半と六畳の部屋は息苦しいほどにくさかった。
子供の私にはとても飲めるしろものではなかったけれど。
砂糖を入れたから、はちみつを入れたからと言い聞かせられながら、時には怒られながら飲まされていたんだ。
せっかく西に移したガス台で煎じたのに少しの効果もなかったのは残念だ。
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