2017年10月27日金曜日

空気注射

大勢の人ごみの中長いこと待たされて、やっと私の番になった。
寝台に横になると、看護婦さんのような女性が手早く空気注射をプツンプツンと刺していく。

目頭と、目尻の脇、耳の周り、首の後ろ、肩、お尻の脇。
刺した後はぴしゃっと濡れていて、蚊に刺されたようにぷくっと腫れている。

両手をぎゅっと握って痛さをこらえた。
最後に母が何枚かのお札を数えて支払いをしていることを知っているから泣かずに我慢した。

目が見えなくなってしまった私は、定期的に軽井沢にある、このなんとか診療所ってところまで母に連れられ、空気注射を受けに通っていた。
すぐ近くでは浅間山荘事件の真っ只中。

危ないからと近所の人たちから止められていたのに、母は熱心だった。
駅には沢山の警察官たちがいた。

その治療の前には儀式があって、
どれほどだか相当広い畳の広間にキツキツで大勢の人たちが正座して座って、
何やら色んな話があって、突然に雷が落ちたように全員が呪文をごうごうと唱えはじめる。
かみなりさまの唸り声のようでもあり、遠く近く雷鳴のようでもあった。

何百人かの呪文は何かのエネルギーを起こすようで、
血がふつふつ熱くなってきたことを覚えている。

その儀式には空気注射の液と塗り薬がたくさん置かれていて、
儀式がおわると注射液は神水となり、塗り薬は護塗(ごふ)「神のくすり」という神聖なものに変わるらしい。


それからずっとあとのこと。
私は寮で、虫さされか何かで寮母先生から薬を塗ってもらった。

「このお薬は、何でも良く効くのよ」

と言って塗ってくれたのが、ほんのり甘い匂いのするあの護塗(ごふ)そっくりの匂いだった。
護塗(ごふ)そのものだった。

商品名を聞くと、確かパイロールとかいった。

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