流しは父の職業だった。
実家を片付けていたら、木製のケースに入ったアコーディオンが出てきた。
相当重たかった。
脇にベルトがあって、肩に掛けられるようになっていた。
開けてみると古いアコーディオンで、ジャバラを引っ張って押してみるとブーっと音がでた。
丸いキーを押してみたら、和音もちゃんと出る。
古いけれど綺麗に磨かれていた。
肩にかける革のベルトはぼろぼろになっていたけれど。
昭和20年の後半ごろ、父は佐賀県からこのアコーディオンを担いで酒場で弾きながら埼玉まで流れてきたんだ。
「連絡もしないのに、どうしてお店に入ってアコーディオンなんて弾くことできたの?」
あまり昔のことを話したがらない父だったが、この時は機嫌が良かったんだろう。
酒場街に入ると、道で流行りの曲を弾いて歩くと、店の人が出てきて店内に誘ってくれるんだそうだ。
お客たちが拍手と指笛で歓迎してくれる。
いつだって誰かしら歌の好きな上手な人がいて歌い出す。
父は即興で伴奏をする。
3曲でお酒1杯ほどの値段だったそうだ。
しばらく弾いていると、隣の店からも次には来てくれるようにと呼びにきてくれる。
お金を貰ったり、お酒やごはんや、時には上着なんかも貰えたんだそうだ。
夜は流しているから、昼間温かくなったらそこらで寝ていたらしい。
こうやって、はるばる海を渡って弾き流しきたんだ。
そういえばNHKでアコーディオンの上手な人が出ていて、それを熱心に聞いていたっけ。
私が3~4年生ごろ、父は三角の箱に入ったガットギターを私に買ってきた。
5フレットを押さえてと調弦の仕方を教えてくれた。
「ギターか琴が出来りゃあ、飯の足しになるんにな。」
そんなこと小さな声で言ったりもしていたっけ。
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