引っ越しをした。
池袋から急行で1時間もかかる、いなか。
結婚してもう13年になる。
突然、夫から小さな子箱をもらった。
細くてつるつるのリボンが斜めにかかっている。
アクセサリーだ。
固い真四角の箱のフタを取ると、
中にはビロードで覆われた四角いコンパクトが入っている。
そっと開けると真ん中の溝に指輪があった。
小さな固い紙も添えてある。
高そうだ。
「これ どういう意味?」
夫は言った。
「結婚指輪しか渡していなかったからさ。
婚約指輪なんだよ。
もっと早く渡したかったんだけどさ。
後先なってしまったけど。」
弱視だった夫は2、3年前に全盲になってしまっている。
夫は私の横に座り、指をとって説明してくれた。
「両側の淵が金色で、この淵の間の溝にちっさいけどさ、ダイヤが光ってるんだってさ、本物だってさ。」
私は指先で冷たい指輪の溝をくるりとなぞってみる。
爪を立ててみると、ざらざらとひっかかる。
ダイヤだ。
赤くキラキラ光っているんだ。
「婚約指輪って何指にするんだっけ?」
私は左手の指をパーに開いて、夫の手の上に置く。
ひんやりした婚約指輪を薬指に入れてくれた。
時たま、頭に干した洗濯物が触る。
子供たちは眠っている。
私は子供たちや母に
「この指輪、どうかな?」
と、聞いてみる。
「キラキラ!すっごくきれい!どうしたの?」
そのこと秘密だ。
てきとうにごまかして、コンパクトの中の溝に静かにしまう。
少し緩くて抜けてしまいそうで怖い。
結婚指輪、ずいぶん前になくしてしまっているから、これをなくすわけには行かない。
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