2017年9月15日金曜日

婚約指輪

引っ越しをした。
池袋から急行で1時間もかかる、いなか。

結婚してもう13年になる。
突然、夫から小さな子箱をもらった。

細くてつるつるのリボンが斜めにかかっている。
アクセサリーだ。

固い真四角の箱のフタを取ると、
中にはビロードで覆われた四角いコンパクトが入っている。

そっと開けると真ん中の溝に指輪があった。
小さな固い紙も添えてある。
高そうだ。

「これ  どういう意味?」

夫は言った。
「結婚指輪しか渡していなかったからさ。
婚約指輪なんだよ。
もっと早く渡したかったんだけどさ。
後先なってしまったけど。」

弱視だった夫は2、3年前に全盲になってしまっている。

夫は私の横に座り、指をとって説明してくれた。

「両側の淵が金色で、この淵の間の溝にちっさいけどさ、ダイヤが光ってるんだってさ、本物だってさ。」

私は指先で冷たい指輪の溝をくるりとなぞってみる。

爪を立ててみると、ざらざらとひっかかる。

ダイヤだ。
赤くキラキラ光っているんだ。

「婚約指輪って何指にするんだっけ?」

私は左手の指をパーに開いて、夫の手の上に置く。

ひんやりした婚約指輪を薬指に入れてくれた。

時たま、頭に干した洗濯物が触る。
子供たちは眠っている。

私は子供たちや母に

「この指輪、どうかな?」

と、聞いてみる。

「キラキラ!すっごくきれい!どうしたの?」

そのこと秘密だ。

てきとうにごまかして、コンパクトの中の溝に静かにしまう。

少し緩くて抜けてしまいそうで怖い。

結婚指輪、ずいぶん前になくしてしまっているから、これをなくすわけには行かない。

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