うっかりしてしまった。
電車で帰宅途中、ぼんやりしていたら、いきなり自分のうちの駅名がホームに響き渡ったから、びっくり慌ててホームに飛び降りてしまった。
背中の後ろで、扉はガラリと閉まって行ってしまった。
扉の脇のかどっこに白杖を立て掛けておいたまま、うっかりほんとにうっかり降りてしまったんだ。
ここから家まで歩いて20分。
駅長室で私は事情を話した。
置き去りにされた白杖は忘れ物として保管しておいて下さるとのこと。
その手続きのための書類を代筆してもらっているあいだ、どうやって帰ろうかと考えていた。
タクシー乗り場まで連れて行ってもらうしかないかなと。
「これでいいかな?」
向う側から別の駅員さんが私の手に木の長い棒を渡してくださった。
てっぺんには三角の金具が付いている。
棒には紙がグルリと巻かれていて、ガムテープで留められてあった。
「これは?」
柔らかい声の方で年配の感じだ。
笑いながら、今白杖を作ったんだという。
古いモップがあったから、雑巾とこ外して、カレンダーの裏が白いからそれを巻きつけたんだ、とのこと。
白杖にするためにだ。
短い時間だったのに、世の中には親切で器用な人がいる。
モップを白杖に変身させてしまうんだから、柔軟なアイディア力にびっくり。
私はおごそかに白杖をおしいただいて、一人でいつもの道を帰っていくことができた。
モップの柄は重たいから、それに先っちょが丸くなってはいないから山道を歩くように コツンコツンとゆっくり一歩ずつアスファルトを叩きながら家にむかった。
大昔の盲人たちはこんなふうに竹杖を突きながら歩いていたんだろう。
諸行無常の杖のおとー
長い間、この白杖はうちの玄関に飾られてあった。
0 件のコメント:
コメントを投稿