「フランシーヌの場合は
あまりにもおばかさん。
3月30日の日曜日
パリの朝に燃えた命ひとつ。
」
50年前、初めてこの歌を
聞いた場所を覚えている。
私は、目の治療のため
信濃町の大学病院に入院していた。
目が悪いと言っても
よくよく見えていて
廊下も一人で走ったり
田舎から担任の先生が
お土産に持ってきて下さった本があって
それに載っていた鮮やかに映し出された
ロケットや土星たちの星の写真なんかは
よく見えていた。
私は検査の名の下で
何をされたのか
今となっては何も分からないし
痛みすら忘れてしまっているけれど。
私は、検査拷問にあった後
三輪車のようなストレッチァーに乗せられて、
広いような廊下を移動していた。
窓からお日様が射していて
とても暖かったんだけれど
私はぼんやり
お日様はどこかな
っと思っていた。
何か音がしていて
その廊下に響いていた。
「3月30日の日曜日ー。」
どこからかこの歌が流れてきた。
七歳の私に何の意味も
分からなかったけれど
パリとか
燃えた命とか
新谷のり子さんの声が
体中に張り付いてしまった。
この歌を聴きながら
お日様の暖かさを
眩しくない目で感じながら
私は全盲。という1歩を
スタートしたんだ。
この歌に歌われている
フランシーヌさんは実在していて
国家に言いたいことがあって
焼身自殺してしまったんだそうだ。
どうしてそんなことしちゃったのかな?
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