自分の生きてきた過去を
瞬時に思い出すと言う。
私は、左足を踏み出した時、
そこには空間しかなかった。
体は左側を下にして、
八ヶ岳の山間の空中に横たわっ
悪い事に本能で左手が
私のサポートをしていてくれた人の
リュックに張られていたロープを
握ってしまっていた。
ざかっ。
と音が聞こえたから、
道ずれにして引き落としてしまった。
左手の手のひらに
強くロープの跡が残っている。
ロープはすぐに強い力で
飛んで行ってしまった。
お天気は良かったけれど、
雪山だからマイナス気温だったはず。
冷たい縞枯の空気に抱かれながら、
空中で横になっていた。
私は間もなく死ぬんだ。
ガイドさんも死ぬんだ。
飛び降り自殺する時には、
地面にぶつかる前に気絶しているから
ち
なんて嘘だ。
耳と皮膚感覚の感度が
全開になってい
何もかもが分かる様だった。
本当に瞬時に、
これまでの事を思い出して
その思い出を触っているようだった。
生きていて良かった。
みんなありがとう。
っと体中の細胞達と
静かに呟いていた。
叫ぶようなこともなかった。
最後の最後。
きっと綺麗なんだろう。
八ヶ岳の山々。それと空。
一瞬でも見えたらな。
なんてそんなことまでも思う事もできた。
私は、雪でふわふわの川底にいた。
川底は降り積もった雪で、
ふわふわだからけがなんかどこにもな
高い所から登山仲間たちの声がする。
生きてる。
いきてる。
痛いところもない。
ただただ
そこは川底にふんわり雪が
積もっているだけだから
這い出そうと動くたびに、
ずぶずぶと雪の中へと
体
雪地獄だ。
生きていると分かったら、
「助けて助けて」
と私は大騒ぎ。
動くな。
っと言うから、
じっとしていれば
ずぶりずぶり柔らかい雪の中
沈んでいく。
こわい。
ここで吹雪いたら八甲田山だ。
仲間たちが私を救い出すために、
大慌てしているのが聞こえてくる。
雪が私を助けてくれた。
またつれてきてもらおう。
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